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  • 2009.04.04 Saturday
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ロバのシルベスターとまほうのこいし (評論社の児童図書館・絵本の部屋)

作者のウィリアム・スタイグは、あの「シュレック」の原作者でもあるんです!

(第十二回)3月28日(土)掲載分



 春の香りを風の中に感じる季節になりました。
ジンチョウゲ、モクレン、桜など、季節の節目に咲く花は、文字通り新しい出発に花を添えて祝福してくれているように思えます。

 娘がこの春から東京の大学に行くことになりました。
一人暮らしのためにいろいろなものを買いそろえるのは楽しいものですが、娘がいないわが家を想像するとそのさびしさはぬぐえません。
子育ての最中はこんな日が来ることを想像する余裕もありませんでした。
正直なところ、もう子どもたちに何も望むことはありません。
どこかでただ生きていてくれるだけでいい。
やっとそう思えるようになった時、子ども達は近くにいません。

 ある日突然わが子がいなくなったら・・・。
そういう想像をしたことがありますか。
朝いつものように学校へ行った子どもが、いつもの公園に遊びに行った子どもが、ちゃんと家に戻ってくるだろうか。
そう考えるとき、子どもに投げかけた自分の言葉や態度のひとつひとつに後悔がよぎります。
 中学を卒業する時に息子から一通の手紙が届きました。
「両親への感謝の手紙」です。
先生方のいきなはからいで書かれたものでしたが、まず最初に書いてあったのが「小学校の一年生のとき迷子になって迷惑をかけました。」という文章でした。
午前中授業の日なのに夕方まで戻らない息子を探して、町中の公園や、思い当たる友達をたずね歩いたことを思い出します。
結局最後は担任の先生に連絡して、息子は思いがけず別のクラスの友達の家で遊んでいたことがわかりました。
中三になっても思い出すほどですから、迎えに行ったときの私の必死の形相がよほど印象に残っていたのかもしれません。
 十数年たって時代は移り変わり、親の不安材料がそこら中に転がっているような世の中になってしまいました。
でも、子どもが携帯電話を持たなかった時代だったからこそ、親子の約束事を守ることにも、お互いに心配をかけないような気配りにも、敏感になれていた気がします。
便利さにかまけて鈍感にならぬよう、気をつけたいものです。

 さて、このコラムも今回で最終回を迎えました。
今日は私の一番好きな絵本をご紹介したいと思います。
「ロバのシルベスターとまほうのこいし」(ウィリアム・スタイグ作、せたていじ訳、評論社)は、ある日突然石ころになってしまったシルベスターと、息子を探す両親の必死な様子が美しい日本語訳で語られる、わが身に染みる一冊です。悲惨な気持ちの主人公たちとはうらはらに、とてもユーモラスな展開で、最後はハッピーエンドを迎えます。
基本は家族、そう思える一冊です。
 どんな時代になっても絵本は読み継がれ、家族は希望を照らす道しるべであると信じたいものです。

わすれられないおくりもの (児童図書館・絵本の部屋)

大切な人を失って哀しいのは当たり前だけど、最近はそれだけのお話が多すぎる。この絵本にはそれだけではなく、受け継ぐことの意味がしっかり描かれています。あなぐまのように、大切な人のために何か残してこの世を去ることができれば幸せだと思います。

(第十一回)2月28日(土)掲載分

 
メジロがエサ場を争ってしきりに鳴く声が聞こえるようになりました。
声のするツバキの木をそっとのぞきこむと、かわいい姿を見ることができます。
時には数羽が連れだって、あっちへ行ったりこっちへ来たり。
ちいさなやんちゃ坊主たちはみな仲良しです。

 子どもの頃、祖母がカナリヤを十数羽飼っていました。
鳥かごがたくさん並べられた部屋で、祖母がてぎわよく鳥の世話をする様子をただ見ているのが好きでした。
エサを入れ替えている間に、カナリヤをうっかり逃がしてしまうこともたびたびあり、鳥かごの数は減っていきました。
黄色いカナリヤが青空に逃げていく美しい映像が私の記憶にあります。
でも、実際に私がそれを見たかどうかはあやしいものです。
私の想像がそのまま記憶になってしまっているような、そんな気がするのです。

 お祭りの夜店でダダをこねて、赤、黄、緑に塗られた三羽のヒヨコを買ってもらったときも、「飼うならちゃんと育てなければ」と白熱電球に黒く塗った空き缶をかぶせ、カゴの中に入れてくれたのが祖母でした。
おかげで寒さをしのいだヒヨコは全部ニワトリになり、やがて庭に小屋が作られました。
この三羽は残念ながらオスでしたので、その後の運命について家族会議が開かれましたが、結論についてはあえてここでは触れないことにします。

 祖母は何事もきちんとしたい人でしたので、どこかに出かけるときはたいへんでした。
前日に髪を染め、美容院に行き、当日は朝から着物を着て、午後にやっと出かけ、帰ってきたらぐったりして寝込んでしまうというありさまです。
「迷ったときは手間のかかる面倒な方を選びなさい。」と教えてくれたのも祖母でした。
「電話というものは相手の都合を考えず、電話口まで勝手に呼びつける失礼なもの」と言って、ものごとのお礼は手紙でするようにと教わりました。

 そんな祖母ですが、女学校の頃にラブレターをもらった話や、親戚の家に預けられていじわるされた・・・なんていう俗っぽい話もしてくれました。
私は同じ話が何度も聞きたくて、祖母の部屋に通いました。何度聞いてもおもしろかったのは、私が子どもだったからではないでしょうか。
大人になってからは一度聞いたらすっかりわかったような気になってしまう。
でも、本当は何もわかっていないのかもしれません。
 
 祖母が残してくれたたくさんのものを考えるとき、「わすれられないおくりもの」(スーザン・バーレイ作絵、小川仁央訳、評論社)をひろげたくなります。死別の悲しみを描いたお話は他にもありますが、その後のことがここまで丁寧に描かれているのはこの絵本だけではないでしょうか。感謝と希望に満ちた気持ちで読み終えることができる絵本です。

やまねのネンネ

評価:
どい かや
BL出版
¥ 1,365
(2002-02)
現実のネンネはほぼモノクロで描かれ、ネンネの夢には色がついています。
ネンネにとっては夢の中こそ現実なんですね。

(第十回)1月31日(土)掲載分


 年があけて寒さも本格的になりました。
わが家は毎年、北広島町の祖父母の家でお正月を迎えます。
おととしは帰省できなかった息子もそろい、今年は久しぶりに四人で広い部屋に寝ました。
そんなおめでたい状態で寝たせいか、私の初夢はフィンランド行きの飛行機の中でした。
今年中に初夢を正夢にしたいと思います。
 
 祖父母の家の夜はとても寒く、寝ている私たちの口からは白い息が出ます。
娘が夜中に「お母さん!顔がいたい。」と泣いたことがありました。
息子がトイレに行く途中、凍った廊下でツルンとすべって転んだこともありました。
二人が寝言で会話したこともありました。
「やめてや!」「何もしとらんじゃんか!」真夜中の出来事です。
私たちはびっくりして飛び起き、顔を見合わせましたが、ふたりは何事もなかったように、すやすや寝ていました。小学生の頃のできごとです。

 日本人はこどもを寝かしつけるのに「添い寝」をします。
欧米にはその習慣がなく、こどもは生まれて間もない頃からひとりで部屋に寝かされます。
そのせいか、欧米の絵本では寝たあとこどもが空想の世界で遊ぶ話が多く見られます。「かいじゅうたちのいるところ」(モーリス・センダック著、冨山房))はその代表的な絵本です。
それでもやっぱり寝るのはこわいあなぐまの女の子のお話「おやすみなさいフランシス」(ラッセル・ホーバン著、ガース・ウィリアムズ絵、まつおかきょうこ訳、福音館書店)は、眠れない子どもの心理がかわいらしく描かれています。
私はフランシスに同情します。日本に生まれてよかったなあと思ってしまいます。
子どもの頃、寝るのがこわいという気持ちは確かにあって、こわい夢もたくさん見ました。
いつのまにか寝ることに抵抗がなくなり、夢を見て泣くこともなくなり、子どもの頃に不思議だと思っていたことも、たくさんの空想も、一緒にどこかへ消えてしまいました。それがいつ頃からだったか、まったく思い出せません。

 「子どもが幸せな気持ちで安心して眠れる絵本を」
そんなリクエストをいただいて描いた絵本が「ねんね」(さこももみ作、講談社)です。
とんとんとん、とんとんとん・・・お母さんの優しい手のリズムは幸せな夢の世界へいざないます。
「おかげでいやがらずに寝るようになりました」という感想をたくさんいただきます。編集者さんも私も、作者みょうりに尽きるというものです。

「やまねのネンネ」(どいかや作、BL出版)は、冬眠中のやまねのネンネの寝ぼけっぷりがかわいい絵本です。
最後はパパとママの腕の中へまっしぐら。
子どもが小さいときほど「ああ、よかったね」で終わる絵本を、たくさん読んであげたいものですね。

ゆきのひ (偕成社の新訳えほん?キーツの絵本)

評価:
エズラ=ジャック=キーツ,きじま はじめ
偕成社
¥ 1,260
(1969-01)
デザイナーだったというキーツの絵本の画面構成に学ぶところが大きい。
日本好きだったというキーツには、日本の俳句に絵をつけた絵本もあります。

(第九回)12月27日(土)掲載分



 「ななちゃん、雪が降ってるよ!」
 12月6日の朝。用事があった私は娘が起きるのと入れ違いに家を出ました。
と同時に空から今年の初雪が降ってきたので、思わずこんなメールを娘に送ったのです。
 「やったー!」
返事はすぐに返ってきます。
来年の四月には家を出て東京に行く娘。あいかわらず雪にはしゃぐ様子は幼い頃とかわりません。

 雪の日の朝は音がなく、その静けさに目が覚めます。
マンションに引っ越す前に住んでいた小さな団地には、子どもがたくさん住んでいました。休日の朝に雪が積もっていると、朝はやくから子どもの歓声で目がさめます。
「はやくはやく!はやくしないと雪がなくなっちゃうよ。」
大人はもうちょっと寝かせて欲しいのに、子どもの事情はちがいます。急いで朝ご飯を食べ、着替えて外に飛び出して行きます。学校に行く日とはまるで別人です。
 
自動車に積もった雪をみんなでかき集めて雪合戦、それが終わると小さな可愛い雪だるまがあちこちに並びはじめます。
子どもは本当に雪が大好きです。

 かく言う私もいまだに雪にはワクワクします。
でも、最近は温暖化の影響か、ずいぶん雪の降る量も減りました。小学校二年生の時に東京でも記録的な大雪になり、長靴とかさを持って母が迎えに来たのを覚えています。翌日は1日授業をつぶして「かまくら」を作ったのですから、かなりの雪の量だったのでしょう。 

 主人の育った千代田は雪の多い町ですので、私などとは比較にならない大胆な雪遊びをしたようです。降り積もった雪の重みで地面近くまでたわんでいる木の枝。その先を両手で持ち、バサバサと雪を振り落とします。すると、重みがなくなった枝は一気にもとの場所へ。もちろん先にしがみついた子どもも一緒にはるか空中へ!
 自慢げに話すお父さんの話を、わが家の子どもたちはうらやましそうに聞いていましたっけ。

 私は女の子ですから、そんなおてんばなことはしません。黒い色紙に結晶をのせて、むしめがねで見たりしました。50年間雪の結晶を監察し続けたウィリー・ベントレーという人の話を幼稚園で聞きました。雪の結晶はどれも違っていて、同じものはなかったそうです。そのことを子どもになぞらえて園長先生がお話してくださったことがあるそうです。
「雪も、みんなも、神様が一人ひとり愛して大切に創られたから、みんなちがうんですよ。」

 「ゆきのひ」(エズラ・ジャック・キーツ作、きじまはじめ訳、偕成社)は、黒人の子どもピーターが雪を存分に楽しむ様子が描かれたとても美しい絵本です。雪景色にいちばん似合うのは子どもの遊ぶ姿ではないでしょうか。

ねえ、どれが いい? (児童図書館・絵本の部屋)

評価:
ジョン・バーニンガム,まつかわ まゆみ
評論社
¥ 1,365
(1983-12)
「あたしはこれ!」「ぼくはどれもいや!」と、
家族みんなで楽しめるユーモア絵本です。

(第八回)11月29日(土)掲載分

 

 今年のカレンダーも残り一枚。年々時間のスピードがはやくなるような気がします。『二十歳の一年は八十歳の一日だ』ということを言った人がいましたが、今年もたくさん笑った一年であれば良しとたいと思います。

 中学生の頃、二歳下の妹と私の部屋でおしゃべりしていたときのことです。窓の外を右から左へ、父が通り過ぎました。外には細い通路があるのですが、そこを通って物置に何か取りに行ったようです。父は背が低いので、横向きの顔(首から上だけ)がちょうど窓わくの右から左へ移動します。

 ところが、しばらくすると、また右から左へ父の顔が通過しました。そしてまたしばらくすると、また同じ方向へ!
 
 さすがに私たちもあれっ?と思いました。「さっきもあっちへ行かなかったっけ?」「そうそう、こっちへ戻ってきてないよね?」わが家にはいったい何人の父がいるのか?!

 二人で窓へ駆け寄り、外へ身を乗り出して見てみると、すぐ下を腰をかがめ這いつくばりながら逆方向へ戻っているの父がいるではありませんか。「えへへ、バレたか。もっとはやく気づいてくれよな。」

 思い返せば子どもの頃のわが家には笑いがあふれていました。明治生まれのまじめな祖父もダジャレ好きでしたし、いわゆるバリバリのキャリアウーマンの叔母たちには、私たちがちょっと反抗的だったり、からかうようなことを言ったりすると、「くすぐっちゃうぞ!」と言って家中を追いかけられたものです。

 ふだんからくだらないことを笑いながら話していると、お互いが話をしやすい環境が自然とできるのかもしれません。わが家の子ども達も思春期のまっただ中にあって、意外と真剣な悩みも話してくれるものだなあと思ったものです。

 今は実家も自然の摂理に従って家族の人数が減り、それぞれが年もとって、多少ガンコになりました。当然のことながら、腰をかがめて歩くことも、くすぐっちゃうぞと追いかけることもできなくなりました。たまに私たち家族が遊びに行くと、「おまえたちが来ると家の中に笑いが増えるからいい。」と父が言います。「笑う」という行為は人間だけにしかできないこと。幸せのバロメーターかもしれません。

 何事もうまくいかず、気分が落ち込んだときは、「ねえ、どれがいい?」(ジョン・バーニンガム作、まつかわまゆみ訳、評論社)をおすすめします。人間の悩みの大半は「考え過ぎ」によるものだそうです。同じ悩むなら子どもと一緒にこんな楽しい悩みに想像力をふくらましてみてはいかがでしょう。この絵本のどの状況よりも、自分が今置かれている立場はラクかもしれません。


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中国新聞連載コラム「わたしと、えほんと、こどもと、かぞく。」
2008年3月から毎月最終土曜日に中国新聞に連載予定のコラムをブログでもご覧いただけるようにしました。 月末から翌月初旬に更新します。
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